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福岡地方裁判所 昭和30年(行)20号 判決 1957年4月09日

原告 安本松子

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 小林定人 外三名

主文

被告が昭和三十年三月三十日附でした原告の昭和二十八年分所得税審査決定の所得金額金百五十七万三千五百円の決定は金百三十九万七千四百七十八円六十五銭をこえる部分を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年三月三十日附でした原告の昭和二十八年分所得税の総所得金額を百五十七万三千五百円とした審査決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として「原告は小倉市浅野町二番地で観光ホテルの商号で旅館業をしていたが訴外小倉税務署長は原告の昭和二十八年分所得税につき総所得金額を三百三十万二千八百円とする決定をし、その後これを二百二十万三千六百円と誤謬訂正したので、原告は右訴外人に再調査請求をしたところ、右請求は三箇月の経過により被告福岡国税局長に対する審査請求とみなされ、被告は昭和三十年三月三十日総所得金額を百五十七万三千五百円、所得税額を六十万千二百五十円とする旨の審査決定をし、原告は同年四月三十日その決定の通知を受けた。しかしながら原告は昭和二十八年分所得税に関する所得については、総収入金額は六十一万九千円、必要経費六十七万二千円であつて差引五万三千円の損失を生じたのであるから、被告のした前記決定は違法である。よつてこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べ

被告の主張に対し、「原告が昭和二十八年中肩書住所で被告主張のような旅館業を営んでいたこと、原告の右年度の帳簿書類中収入に関するものは遊興飲食税徴収原簿のみであり、必要経費に関するものを提出できなかつたこと、被告主張の原告方宿泊用部屋数 昭和二十八年二月以降の宿泊料及び宿泊者斡旋人に対する報酬額飲食物の各単価がいづれも被告の主張のとおりであること並びに福岡国税局が商工庶業等所得標準率表を作成しておりその表中宿泊料及び飲食料の所得標準率について一割を控除した額が収入金百円につき宿泊料においては金五十二円二十銭、飲食料においては金四十円五十銭であることは認めるが、その余の被告の主張事実を争う。原告の経営する旅館は小倉市の市街地を離れた海岸際の埋立地にあり、附近には商店もなく営業上の立地条件が著しく不利であつて、兵士の休暇中の毎朝の点呼、買物その他の連絡に甚しく不便で、折角宿泊させた兵士も一夜で宿換する有様で、小倉市繁華街に近い同業者に比し営業成績は極めて不振であつた。しかして原告方会計専任者朴某は自己の不正行為を隠蔽するため帳簿類一切を持ち出して所在不明となつたため、必要経費に関する資料が紛失しこれを提出し得なかつたが、収入については遊興飲食税徴収原簿に一切を記帳しているので、実額の調査は可能であつた。すなわち、昭和二十八年における原告の収入は宿泊者延四百九十四人で、宿泊科による収入は宿泊者斡旋人への報酬を控除して四十九万二千二百五十円、飲食料による収入十二万六千七百五十円合計六十一万九千円であり、これに対し必要経費として商品仕入高九万六千円、人件費三万六千円、電気代八万四千円、瓦斯代七万二千円、水道代六万円合計六十七万二千円を支出しているから差引五万三千円の損失を生じているのである。仮りに実額調査は不可能としても、被告の推計方法は、前述のように原告方の立地条件が不良であること及び原告は開業早々で経営に不慣れであること等の事情を無視し、しかもその推計の根拠となる数値については、営業日数は、休業期間が五月一日から七月二十九日まで九十日間であるから、二百七十五日であること、宿泊用部屋数の使用率は三割であること、一部屋一日当宿泊料は一月中は三百七十五円であること、原告方で飲食する者は宿泊者の五割に足りず、朝夕食代も千円を出ないこと等の実清とは甚しく距つており、具体的妥当性を欠くもので不当である。」と述べた。

立証<省略>

被告指定代理人等は、本案前の答弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との粉決を求め、その理由として「所得税の審査請求の目的となる処分又は審査の決定の取消又は変更を求める訴は、所得税法第五十一条第二項により審査決定の通知を受けた日から三箇月以内に提起しなければならないところ、被告は原告に対する本件審査決定の通知を昭和三十年三月三十日原告の住所に郵送し、遅くとも同年四月一日には到達しているので同日より三箇月以内の同年七月一日までに出訴すべきであるのに本訴は出訴期間経過後の昭和三十年七月三十一日に提起されたものであるから不適法として却下さるべきである。」と述べ、

本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「訴外小倉税務署長が原告主張のような決定及び誤謬訂正をしたこと。原告から再調査の請求があり、被告が原店主張のような決定をしたことは認めるが、その余の原告の主張事実を否認する、被告のした右決定は次の理由により適法である原告は昭和二十八年中肩書住所において慰安のため婦女子を同伴した駐留軍兵士の宿泊を専業とする旅館業を営んでいたものであるが、当時小倉市には朝鮮動乱(休戦協定は同年七月二十七日成立)の帰休兵のためにその娯楽施設としていわゆるRRセンターが置かれていたため、動乱中及びその直後には帰休兵が同市に集中し、この種の旅館は著しく繁栄し、原告営業の旅館もその例外をなすものではなかつたにも拘らず、原告の申告所得額は他のこの種の業者のそれに比し著しく過少であつた。しかも被告の調査に際し原告は収支を明確に記帳した帳簿書類を備え付けておらず、且つ貿問調査に対し極めて非協力的であつたので、実額調査により所得金額を算定する直認定方法では原告の所得金額を把握できないため被告は次のように計算の基礎額も極く控え目にして合理的な方法によつてその収支を推計した。すなわち、収支金額は宿泊料による収入金と飲食料による収入金に分けられるがその中、宿泊料による収入については、原告の昭和二十八年中の営業日数は三百十六日(同年五月三日から六月二十日までの四十九日間休業)、営業用の部屋数は十四室であつて、総部屋数に対する使用率は少くとも七割であるので延使用部屋数は三千九十六、八となる。これに一部屋一日当りの宿泊料千五百円を乗じた金四百六十四万五千二百円が宿泊料による収入金である。次に飲食料による収入であるが宿泊者は兵士と同伴婦人の二名が一部屋に宿泊し、一人当り平均夕食代(バター付パン六十円、ビフテキ二百五十円、コーヒー六十円)三百七十円、平均朝食代(トースト六十円、ハムエツグ二百円、コーヒー六十円)三百二十円であり、一部屋一日当りの平均ビール代は六百円(三本分)と推定されるから一部屋一日当り平均の飲食料は千九百八十円となり、総延宿泊人の九割が飲食するものとして、飲食料による収入金は五百五十一万八千四百九十七円六十銭となる。よつて総収入金はこれに前記宿泊料による収入金四百六十四万五千二百円を加えた一千十六万三千六百九十七円六十銭と推計した。次に必要経費について検討することになるが、そのまえに本件の場合収入額に対し必要経費がどの程度の率であるかを考えてみる必要がある。この点について、福岡国税局編纂の昭和二十八年分商工庶業等所得標準率表による所得標準があるが原告営業の旅館の特殊性にかんがみ更にその一割を控除すれば、所得標準は収入金百円当り宿泊料につき五十二円二十銭、飲食料につき四十円五十銭であり、その差額すなわち宿泊料につき四十七円八十銭、飲食料につき五十九円五十銭が必要経費となる。従つて収入に対する必要経費の率は宿泊料について〇、四七八飲食料について〇、五九五となるからそれぞれの年間収入に右の率を乗ずるときは当該年における必要経費が算出されることになる。たゞし宿泊料は一部屋一日当り千五百円であるが、その中原告は宿泊者斡旋入(いわゆるポン引き)に五百円を支払つているので、残額千円に対し右率を乗じ宿泊料に関する必要経費を算出するのが相当である。かくして計算するときは宿泊料に関する必要経費は金千円に前記延使用部屋数三千九十六・八を乗じ更に前記率〇・四七八を乗じた額の百四十八万二百七十円四十銭、飲食料に関する必要経費は前記収入額五百五十一万八千四百九十七円六十銭に右率〇・五九五を乗じた額の三百二十八万三千五百六円七銭となる。もつとも他に前記所得標準率表作成に当つて考慮されていない必要経費があり本件の場合前記宿泊者斡旋人に支払つた金五百円に延使用部屋数三千九十六・八を乗じた百五十四万八千四百円は宿泊料に関する必要経費とすべく、その他の必要経費の雇入費六十九万円、遊興飲食税十一万五千四百六十七円、減価償却費九万一千八百円、支払利息七十四万千八百二十六円を加算すると、総必要経費は七百九十五万一千二百六十九円四十七銭となる。

従つて原告の昭和二十八年における所得額は前記総収入金一千十六万三千六百九十七円六十銭から右総必要経費七百九十五万一千二百六十九円四十七銭を控除した二百二十一万二千四百二十八円十三銭となるのであつて、右の所得額の範囲内で原告の同年分所得税の総所得金額を百五十七万三千五百円と認定してした前記審査決定は正当である。」と述べた。

立証<省略>

理由

被告は本案前の答弁として、本訴は出訴期間を徒過したものであると主張するので先ずこの点について判断する。

訴外小倉税務署長が原告の昭和二十八年分所得税につき総所得金額を三百三十万二千八百円とする決定をし、その後これを二百二十万三千六百円と誤謬訂正したこと、原告は右訴外人に再調査請求をしたところ、右請求は三箇月の経過により被告福岡国税局長に対する審査請求とみなされ、被告は昭和三十年三月三十日総所得金額を百五十七万三千五百円、所得税額を金六十万一千二百五十円とする旨の審査決定をしたことは当事者間に争いがない。

証人荒牧貫志の証言により真正に成立したと認められる乙第一、二号証の各一、二及び右証人の証言によれば、昭和三十年三月三十日福岡国税局総務部総務課文書係である荒牧貫志が、同日付審査決定書を料金後納普通郵便で発送し、右通知は返戻されなかつたことが認められる。しかながら成立に争いのない甲第一号証及び証人安千洙の証言によれば、原告は前示のように小倉税務署長の昭和二十八年分所得税の決定に不服であつたので再調査請求をしていたが、これに対する決定のされない中に福岡国税局から財産の差押を受けたので、小倉税務署に聞き合せたところ、右国税局から通知があるだろうとのことであつた。そこで右国税局からの通知を待つていたが通知がないので昭和三十年四月十日頃訴外崔将吾を介して右国税局に照会したところ、同月末日同国税局から同年三月三十日付で通知済であるが念のため写を送付する旨の回答及び審査決定通知書の写が送付されたので、更に福岡国税局協議団に交渉したことが認められるから前示のように普通郵便によつて発送され返戻されなかつたとしても、原告に右通知が到達したものと推定できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば本訴の出訴期間は右審査決定書の写の到達した日の翌日である同年五月一日から起算すべきであり、同日より三箇月以内の同年七月三十一日本訴状が提起されたことは記録上明らかであるから本訴は適法であつて、被告の右主張は採用できない。

そこで進んで被告のした前記審査決定の当否について審究する。

原告が昭和二十八年中その肩書住所で慰安のため婦女子を同伴した駐留軍兵士の宿泊を専業とする旅館業を営んでいたことは当事者間に争いがない。

被告は原告の同年中の収入を推定するのに対し、原告は実収入額を主張するのでこの点について検討すると、後記遊興飲食税徴収原簿を除いては原告の収入及び支出を記帳した帳簿書類が現存しないことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の一、二(遊興飲食税徴収原簿)にはおおむね原告主張のとおりの金額の収入があつた旨の記載があるが、真正に成立したと認められる乙第十一、第十二号証によれば、原告が同期間中購入した酒類及び清涼飲料水の総額は仕入原僑の総計でさえ金百三十九,万八千九百三十三円に上ることが認められ、右甲第二号証の二記載の遊興収入金総額は金十二万四千九百五十円であつて、その差額を生じた理由につきこれを首肯させるに足りる証拠はなく、右遊興飲食税徴収原簿の記載は原告の収入を正確に記帳したものとは認め難く、原告の主張に副う証人安田竹男の証言も右認定に照らし措信し難く、他に原告の実収入額を立証するに足りる証拠はない。従つて原告の収入金額はこれを推計する外はない。

先ず被告において用いた原告の収入の算出方法は、営業用部屋数に部屋使用率を乗じ、これに営業日数を乗じたものを延使用部屋数とし、これを一日当り一部屋の宿泊料に乗じたものを宿泊料による収入金とし、右延使用部屋数に宿泊者の飲食率を乗じ、これを一日当り一部屋の平均飲食料に乗じたものを飲食料による収入金とするものであるが、右の算出方法は合理討なものと是認し得る。

次に被告の主張する推計の基準について順次検討する。

(1)  営業日数

前示甲第二号証の二及び証人大庭三二、同三木隆生、同安田竹男の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告が昭和二十八年五月初めから約五十日間駐留軍兵士に対する営業を停止されたこと、その後駐留軍兵士が一箇月前後小倉市に来なかつたので、前後約九十日間休業状態にあつたことが認められる。前示乙第十一号証は右認定を妨げるものではなく、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。従つて原告の同年中における営業日数は二百七十五日となる。

(2)  営業用部屋数

原告方の営業用部屋数が十四室であることは当事者間に争いがない。

(3)  部屋使用率

前示乙第十一号証及び証人三木隆生、同大庭三二の各証言を併せ考えると、昭和二十六年末頃から小倉市に駐留軍兵士の慰安施設が設けられ、朝鮮からの駐留軍帰休兵士が多数来集し、小倉市内にはこれらの兵士を対象とする旅館ができたが、来集する兵士を賄いされない状態であつたので遂年急増し、昭和二十七、八年はその最盛期であつたこと、それらの旅館の部屋の使用率は六割ないし八割であつたこと、原告方の部屋の設備は同業の旅館に比し上の部類に属すること、原告が昭和二十八年中に九千六百二十四本のビールを購入し、一日当り一部屋平均のビール消費量は約三本であることが認められる。右事実に徴すれば同年中の原告方の部屋使用率は七割と認めるのが相当である。証人安田竹男の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告方は小倉市の中心部からやや外れ、しかも原告方附近は小倉新駅建設のため引込線が敷設され、そのため一時玄関に自動車を横付にすることができず出入に不便であつたことが認められるが、なお右証拠によれば原告方附近には同種旅館が外に四軒あること原告方に来る客は殆んど宿泊者斡旋人(いわゆるポン引き)に案内されて来るものであることが明らかであるから或程度の不便はあつても客の来集にはさして影響がないと著えられるのであつて右使用率の認定が合理的でないとはいえないし、前示甲第二号証の二はこの点についても措信し難い。

(4)  宿泊料

昭和二十八年二月以降一日当り一部屋の宿泊料が千五百円であることは当事者間に争いがなく、前示甲第二号証の二によれば昭和二十八年一月中は右宿泊料が三百七十五円の記載があるが原告は原告主張の宿泊料による収入金額は宿泊者斡旋人に支払つた金五百円を控除して算出していると述べているので実際の宿泊料はこれに金五百円を加算した八百七十五円と認める。けだし昭和二十八年二月以降右宿泊料が金千五百円であることはさきに認定したとおりであるが右甲第二号証の記載によると金千円としてあるので残金五百円は宿泊者斡旋人に支払い千円を宿泊料として記載したものと思われるのであつてこれから推しても一月中の宿泊料は前記のように八百七十五円と認めるのが相当である。もつとも証人三木隆生の証言によれば駐留軍兵士専用旅館業者は国際観光協会を組織し、原告も昭和二十七年十月に加入したこと、右協会では昭和二十六年頃から宿泊料を金千五百円と協定していたことが認められるけれども、これは単なる業者間の申合せで、業者の中にはこれを遵守しなかつたものがあることが認められるから必ずしも前示認定を妨げるものではなく他にこれを動かすに足りる証拠はない。

(5)  飲食代

バター付パンが六十円、ビフテキが二百五十円、コーヒーが六十円、トーストが六十円、ハムエツグが二百円、ビールが一本二百円であることは当裏者間に争いがなく、証人三木隆生、同大庭三二の各証言を併せ考えると、一部屋に宿泊飲食するのは駐留軍兵士と同伴婦女子の二名が通例であり、おおむね一人分の夕食としてバター付パン、ビフテキ及びコーヒー程度をとりその代金は右認定のそれぞれの代金を合計して三百七十円二人分で七百四十円であり、朝食としてトースト、ハムエツグ及びコーヒー程度をとり、その代金は前同様の計算で三百二十円二人分で六百四十円であり、その間の飲料として一部屋三本程度のビールを飲み、その代金六百円であることが認められるから一部屋一日当りの平均飲食代を右朝食代夕食代ビール代の合計千九百八十円と認めても不合理ではない。

(6)  飲食率

証人三木隆生の証言によれば、原告の営業地区内にあり原告と同種の三木隆生経営の旅館では宿泊者の八割ないし八割五分が朝夕食やビールをとることが認められる。原告は宿泊者は原告方では殆んど食事をしなかつたと主張し、証人安田竹男の証言及び原告本人尋問の結果には右主張に副う供述があるが、同供述による食車をとる者が殆んどなかつた理由は右三木証人の証言に照らして信用し難く、前示甲第二号証の二を措信しないことは前示のとおりであり、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。従つて前記三木隆生経営の場合を参酌するときは原告方において少くとも宿泊者の八割が朝夕食をとつたものと認めるのが相当である。

そこで、右基準数値に基き、前記算出方法により昭和二十八年中の収入金を算定すれば、まず宿泊料による収入金は一月分の宿泊料による収入が二十六万五千八百二十五円(875×14×0.7×31)二月ないし十二月分の宿泊料による収入が三百五十八万六千八百円(1500×14×0.7×224)であるから、宿泊による収入金は合計三百八十五万二千六百二十五円。飲食料による収入金は四百二十六万八千八百八十円(1980×14×0.7×0.8×275 )となり、従つて原告の昭和二十八年分総収入推計は八百十二万一千五百五円となること計算上明らかである。

次に必要経費について検討するに、宿泊者斡旋人に一部屋につき金五百円の報酬を支払つていることは当事者間に争いがないから昭和二十八年中原告の右斡旋人に支払つた金額は、百三十四万七千五百円(500×14×0.7×275 )となりまずこれを必要経費として計上すべく、次に証人大庭三二の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば右以外の必要経費として雇人費六十九万円、遊興飲食税十一万五千四百六十七円、減価償却費九万一千八百円、支払利息七十四万一千八百二十六円があることを認めることができるからこれらも亦計上すべく、その余の必要経費についてはこれを算定すべき基礎が明らかでないので推計による外はない。ところで福岡国税局が商工庶業等所得標準率表を作成していること、右表中宿泊料及び飲食料の所得標準率について一割を控除した場合所得標準が収入金百円当り宿泊料につき五十二円二十銭、飲食料につき四十円五十銭であることは当事者間に争いがなく、従つてその場合必要経費は右の差額であり、宿泊料につき四十七円八十銭、飲食料につき五十九円五十銭となり、その率は結局前者については〇・四七八後者については〇・五九五となる。しかして前記のような原告営業の特殊性にかんがみこれを本件の場合に適用することは一応合理的であると認めることができる。ところで、これを収入金に乗じて算出することになるが宿泊料の中から宿泊者斡旋人に金五百円の報酬が支払われていること前記認定のとおりであり、別に後記のようにこれは経費として控除するので宿泊料に関する限りその中から右金五百円を控除した残金すなわち一月中は三百七十五円二月以降十二月までは千円に対し右必要経費率を適用すべきを相当とする。よつて原告の昭和二十八年分の必要経費は、まず宿泊料に関し百十九万七千四百四十九円七十五銭(375×14×0.7×31×0.478+1000×14×0.7×244×0.478)飲食料に関し二百五十三万九千九百八十三円六十銭(1980×14×0.7×0.8×275×0.595)となること計算上明らかである。原告は必要費として商品仕入高九万六千円人件費三万六千円電気代八万四千円瓦斯代七万二千円水道代六万円を主張しているがこれを明らかにするものがない。以上のとおりであるから原告の昭和二十八年分の必要経費は宿泊者斡旋人報酬百三十四万七千五百円雇人費六十九万円遊興飲食税十一万五千四百六十七円減価償却費九万一千八百円支払利息七十四万一千八百二十六円宿泊料に関する必要経費百十九万七千四百四十九円七十五銭飲食料に関する必要経費二百五十三万九千九百八十三円六十銭の合計六百七十二万四千二十六円三十五銭となる。

してみれば、原告の昭和二十八年分総所得金額は総収入金八百十二万一千五百五円から必要経費六百七十二万四千二十六円三十五銭を控除した百三十九万七千四百七十八円六十五銭となるので被告の本件審査決定において認めた総所得金額百五十七万三千五百円中右金額を超える部分は違法であるというべきであり、原告の本訴請求は右違法な部分に限り認容すべきであり、その余は失当であるから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 生田謙二 丹野達)

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